イヤー,今年もいよいよ押し詰まってきましたねー。私も今年は62歳になって、ちったー分別と言うもんが付いたろうとおもいきや、相手が強いと突っかかり,説教臭いと無視を通し、若い男の子ににやにやし、と相変わらず情けない。情けないついでに年末になって,膀胱がん再発、「小さいおできみたいなもんだから消えちゃうんじゃないの?」と、医者からするとなんと不見識と言わんばかりの抵抗も虚しく、ガンハンター、たんぼちゃんの内視鏡付き電気メスにより、1月末には消去される事になりました。
ま、なれた事とはいえ、やっぱり精神に応えたらしく、心電図に、なんと不整脈、なんて物が現れ、わたしも人並みに再発でショック、だったんだなと感心したり、感動したり、何ともはや情けない。
それはさておき、今年一年、ライブを4回、衝動的講演会1回と、けっこう活動したんじゃないでしょうか、なかでも初めての「連弾コンサート」と、敬愛する暉峻淑子さんの講演会は、いろんな意味で感慨深い物になった。
ベートーベン コリオラン 交響曲7番 リスト 交響詩「前奏曲」ヒンデミット「画家(ガガじゃない)マチス」知った人が聞いたら、なんと無謀な消化不良おこしそうなプログラムを、タンゴピアニストの熊田洋とクラシックの湯田亜希が、初の連弾演奏。
最初のうちはいいんじゃないのと思っていたけど、忙しい二人がやりくりした練習につき合う度に、「……」だんだん「…………」だったわたし。でも二人ともプロなんだから、本番は仕上げてくれるはず、と願いをこめてた、当日。すごい、ちゃんと仕上がっておりました。心配した私が身の程知らず、だったんでしょうね。 でも、おわったー、こわかったー。
「豊かさの条件」の著者、暉峻淑子さんの講演会、期待通りの内容だった。マイクを持ち、立ったまま1時間半シャベリッぱなし。83歳という年齢から考えると、正に驚異的。もちろん話の内容も驚異的で、こんなに大変なことが起こっているのに「闘わない」日本人が理解出来ない。おかしいと思ったら、変だと思ったら、自分の言葉でそれを言わなくてはいけないそうしなければ、事実がすべて真実になってしまう。間違った真実はファッショを作り出す。あの戦争のように……。
話の要所要所に「闘わなくては」と力強く語りかける暉峻さんは、とてもエネルギッシュで頼もしい。大震災の時、文句も言わず静かに順番を待つ東北の人々を、マスコミは妙に持ち上げた。まるでそうする事が民度の高さを表しているかのような報道の仕方だったけど、どうしてもっと言うべきことを言わなかったのだろう、毛布がたりない、食べ物が足りない、寒い、暑い、そんなにわがままな事だったんだろうか。そりゃ被災直後は、交通も分断されて物資も届かなかったから、多少の我慢はしょうがないとしても、1月たっても2月たっても、足りないものがあった。先進国であり、国民の生活レベルも高い日本なのだから、当然全国から救援物資が山のように届いて、文房具なんか地元の文房具店がやっていけない程の量が届いていたのに。女川では、毎日の食事が明太子のおにぎりだけだった。支給された寝具は、保育園にあったもので、大人には小さすぎた。
必要な物が必要なところに届かない、それは行政の怠慢であり、能力がないということなのだ。被災した人たちは、税金を払っている納税者、行政にとっては客でありクライアントなのである。もしも、買った品物に不備があったら、手にいれた住宅に欠陥があったらどうするか。もちろん文句言うよね、正当な権利として改善を要求するよね、だから、今からでも遅くない、もっとちゃんと,文句言って。福島に住んでるから放射能の事なんか聞けない、なんていわないで、当事者が言わなくてどうするんだ。応援するよ、もっと怒ってよ、東北の人。
暉峻さんの話を聞きながら、様々な疑問の火種がくすぶって来るような気がした。しまいにゃ発火するぞー。
と、あいかわらず過激に行きたい笹尾さんですが、2012年、どのようなとしになるややらー。とりあえず,1/15日3時から中央公民館で、10回目のタンゴコンサートがあります。ので、どうぞよろしく。
ま、なれた事とはいえ、やっぱり精神に応えたらしく、心電図に、なんと不整脈、なんて物が現れ、わたしも人並みに再発でショック、だったんだなと感心したり、感動したり、何ともはや情けない。
それはさておき、今年一年、ライブを4回、衝動的講演会1回と、けっこう活動したんじゃないでしょうか、なかでも初めての「連弾コンサート」と、敬愛する暉峻淑子さんの講演会は、いろんな意味で感慨深い物になった。
ベートーベン コリオラン 交響曲7番 リスト 交響詩「前奏曲」ヒンデミット「画家(ガガじゃない)マチス」知った人が聞いたら、なんと無謀な消化不良おこしそうなプログラムを、タンゴピアニストの熊田洋とクラシックの湯田亜希が、初の連弾演奏。
最初のうちはいいんじゃないのと思っていたけど、忙しい二人がやりくりした練習につき合う度に、「……」だんだん「…………」だったわたし。でも二人ともプロなんだから、本番は仕上げてくれるはず、と願いをこめてた、当日。すごい、ちゃんと仕上がっておりました。心配した私が身の程知らず、だったんでしょうね。 でも、おわったー、こわかったー。
「豊かさの条件」の著者、暉峻淑子さんの講演会、期待通りの内容だった。マイクを持ち、立ったまま1時間半シャベリッぱなし。83歳という年齢から考えると、正に驚異的。もちろん話の内容も驚異的で、こんなに大変なことが起こっているのに「闘わない」日本人が理解出来ない。おかしいと思ったら、変だと思ったら、自分の言葉でそれを言わなくてはいけないそうしなければ、事実がすべて真実になってしまう。間違った真実はファッショを作り出す。あの戦争のように……。
話の要所要所に「闘わなくては」と力強く語りかける暉峻さんは、とてもエネルギッシュで頼もしい。大震災の時、文句も言わず静かに順番を待つ東北の人々を、マスコミは妙に持ち上げた。まるでそうする事が民度の高さを表しているかのような報道の仕方だったけど、どうしてもっと言うべきことを言わなかったのだろう、毛布がたりない、食べ物が足りない、寒い、暑い、そんなにわがままな事だったんだろうか。そりゃ被災直後は、交通も分断されて物資も届かなかったから、多少の我慢はしょうがないとしても、1月たっても2月たっても、足りないものがあった。先進国であり、国民の生活レベルも高い日本なのだから、当然全国から救援物資が山のように届いて、文房具なんか地元の文房具店がやっていけない程の量が届いていたのに。女川では、毎日の食事が明太子のおにぎりだけだった。支給された寝具は、保育園にあったもので、大人には小さすぎた。
必要な物が必要なところに届かない、それは行政の怠慢であり、能力がないということなのだ。被災した人たちは、税金を払っている納税者、行政にとっては客でありクライアントなのである。もしも、買った品物に不備があったら、手にいれた住宅に欠陥があったらどうするか。もちろん文句言うよね、正当な権利として改善を要求するよね、だから、今からでも遅くない、もっとちゃんと,文句言って。福島に住んでるから放射能の事なんか聞けない、なんていわないで、当事者が言わなくてどうするんだ。応援するよ、もっと怒ってよ、東北の人。
暉峻さんの話を聞きながら、様々な疑問の火種がくすぶって来るような気がした。しまいにゃ発火するぞー。
と、あいかわらず過激に行きたい笹尾さんですが、2012年、どのようなとしになるややらー。とりあえず,1/15日3時から中央公民館で、10回目のタンゴコンサートがあります。ので、どうぞよろしく。
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